#001 はじめに言葉ありき~だから、オレはマジでブログを始める~

#001 はじめに言葉ありき~だから、オレはマジでブログを始める~

はじめに言葉ありき

はじめに言葉ありき。言葉は神とともにあり、言葉は神であった。
(
新約聖書「ヨハネによる福音書」より)

世界的ベストセラーとなったユヴァル・ノア・ハラリの「サピエンス全史」によると、我々ホモ・サピエンスがネアンデルタール人など他にもいた人種から唯一生き延びることができたのは認知革命によって空想的虚構を人種間で共有できるようになったことが大きいという。

本書を読んでない方は空想的虚構って何じゃってかんじだと思うが、ここではそこに踏み込まず、認知革命を成立させたのが新しい言語=”言葉”であったということを強調したい。

ホモ・サピエンスの社会で “言葉” の力は偉大である。

政治家、宗教的指導者、学者らの “言葉” が歴史を動かしてきた。

言葉” の影響力は現代においてもますます大きくなっている。インターネットの普及によって“言葉”の伝播力がこれまでの比じゃなくなったからだ。名もなき一般人の“言葉” が全世界の人間に何かしらの影響を与えることすら起こり得るようになった。

フリートーク恐怖症

思えば、オレは言葉にずっと苦しめられてにた。オレが恋愛やキャリアなどにおいて遅れをとってしまったのは、1つには言葉を使うのが苦手だったことと無関係ではあるまい。

オレは雑談が苦手だった。学生時代の頃はずっと気心の知れた相手以外だと何を話していいか分からず、誰かと1対1となってしまうことを恐れていた。

恋愛ではそのことが大きな足枷となった。せっかく気になる女子と2人きりのシチュエーションが訪れたとしても、彼女と何を話していいのか分からない。沈黙を恐れ、どうにか 言葉 を絞り出すのだが、その空気の読めない一言は彼女の心をただただ凍らせるのみであった。

そんなオレでも大学時代に奇跡的に彼女ができたことがあったが、すぐに振られてしまった。振られた理由は「つまらない」であった。

就職活動の惨敗

もう一つ、オレは自分の意見を表明し、それを他人に筋道立てて説明するのも苦手であった。スピーチにおいても、文章においても。

小学校や中学校の頃の読書感想文が嫌いであり、高校に入ってからの小論文では学校全体で最下位レベルの点数を取って補修を受けるハメになった。

ホームルームや何かのコミュニティの場では意見を表明することを極度に恐れた。当然、逆に自分の意見をハッキリと述べるイケメンの後塵を排するようになった。

そして、就職活動の場において言語能力の無さが徹底的なまでに露呈された。就職活動においては自己PR、志望動機、面接官からの質問・・・、言葉をもって自分という人間を売込まなければならない。しかし、オレは何かのマニュアルに従ったテンプレの薄っぺらい言葉でしか話すことができなかった。当然のごとく、不採用が続いた。キャリアのスタート段階でオレは大きく躓くこととなったのだ。

アウトプットが言語能力を高める

さて、その後のオレは仕事を通して、否応なく自分の意見を表明する局面、初対面の相手と雑談する局面を経て、どうにか言語能力はまともになってきた。そして仕事では大事なポジションを任せられるようになり、恋愛に至ってはナンパするようにまでなった。

アウトプットを繰り返すことで言語能力は洗練され、言語能力が向上すればより仕事や恋愛の場面において有利に立てるということだ。

もちろん、言語能力の向上といっても舌先三寸で中身が伴わなければ意味がない。人を動かす言葉というのは、自分とシンドイくらいに向き合った末に編み出される。

オレがこの先QOLをさらに高めるためには、さらなる言語能力の向上がマストであろう。そのためには、アウトプットの場を広げるとともにアウトプットの質を高めていかなければならない。

だから、オレはブログを本格的に始める。

ブログを更新することによって、自分と向き合い言葉の質を高めていきたい。

無料ブログではなく、レンタルサーバーにWordPress、独自ドメイン取得とこだわることで退路を断った。オレはブログをひたすら更新していくしかない。